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特集 「簡易図上訓練」の実施と訓練用「被災シナリオ作成」の方法




実践レポート 簡易図上訓練を実施するために「現実味」のある被害想定を出してみる

図上訓練を実施するまでの準備作業はなかなか大変です。自分が知りたい範域の被害想定数値を「取り出し」、実際に地域を歩いたり、専門家に発災後の状況推移について見積もってもらったり……等々、結構な手間がかかります。とはいえ、この面倒くさい準備作業を行うところに、実は図上訓練のもう一つの重要な意義があるのです。例えば、地域の危険箇所の点検結果などは、訓練後も「防災まちづくり」に生かせる重要なデータとなります。しかし、準備にかなりの労力を割かれるとなると、最初から「やめておこうか……」ということにもなりかねません。
そこで以下では、単位自治会・町内会程度の小地域を舞台に、簡易な図上訓練を上演するにあたって、最低限必要な舞台背景、すなわち地域内の(人的・物的)被害想定数値を「取り出す」方法について紹介します。ここでは、都内の下町地域にあるT区T町会を事例にして、この地域における(1)人的被害、(2)建物被害、(3)火災被害を算出してみます。
まず、東京都が行った最新の被害想定調査がまとめられている『東京における直下型地震の被害想定に関する調査報告書』を入手し(都庁にて販売)、この町会が属するT区の被害想定を見てみます。最悪の事態を想定したいので、このT区の被害が最も大きくなる「冬の夕方6時頃に東京都23区の直下でM7程度の地震が発生した」という想定で出されている数値を選び、T区の[1]人的被害、[2]建物被害、[3]火災被害の数値を拾っていきます。災害発生時におけるT区のA.人口、B.建物棟数、C.面積もこの報告書でチェックしておきます。
次に、この町会のa.世帯数と人口、b.建物棟数、c.面積を出します。世帯数・人口については、T町の場合、町会長さんがすぐ教えてくれましたが、地域で把握していない場合は、区役所に問い合わせてみます。建物棟数についても、地域の人に聞いてわからなければ、住宅地図(町会が自前で作った物、またはこの町会が載っているゼンリンの住宅地図)を入手して棟数を数えるという方法もあります。面積も住宅地図を見れば(地図上の面積に縮尺をかける)、概算できます。
さらに、こうして得られた数値を使って、計算機を手に、次のような簡単な加減乗除の計算を行って、町会あたりの被害想定数値を逆算していきます。
(1)T町会の人的被害
=区の人的被害想定数値([1])×区に対する町内人口割合(a./A.)
(2)T町会の建物被害
=区内の建物被害想定数値([2])×区に対する町内建物割合(b./B.)
(3)T町会の火災被害
=区内の延焼想定面積([3])×区に対する町内面積割合(c./C.)
ところが、実際計算していくと、町内の死者0.15人、全壊家屋10.5棟、などという非常に現実味のない数値がはじき出されてきました。確かに、この方法で出された数値は、区内の地域間格差などもまったく考慮されていないので、非常に大雑把な想定になっています。とはいえ、一応、既存の調査結果に基づいた数値ではあります。しかし、T町会は戦災を逃れた築70年の家屋がまだかなり残っており、高齢者も3割近い地域でもあります。「そんな筈は……」と首を傾げたくなるでしょう。
そこで、阪神・淡路大震災の被災地で、T町会と非常に地域の特性(面積や建物の状況、人口の規模と構成、産業など)が似ている長田区のM地区の被害を調べてみました。あくまでこれも参考に過ぎないデータではありますが、具体的な事例を使ったほうが被災状況をイメージしやすいかもしれません。もちろん「8割が焼失したM地区を引き合いに出されても……」とか、「自分の住む地域はそんなに古くないから、こんなに大きな被害は出ないだろう……」と思われる方もいるでしょう。確かにそれも一理ありますが、最近は昭和45年以前に建てられた家を「老朽不良家屋」と見なすことになっていて、これに基づいて考えると、都心から直径30km圏内の住宅は、ほぼ阪神間の激震地域のような被害を受けてもおかしくない、ということも言えなくはないのです。
自治体が公表している被害想定は、「被災項目の非網羅性」や「積算と平均操作による匿名性」によって、居住者がリアリティをもちにくいものになっていますが、上述のような「逆算」作業を行って得られた数値が、あまりにも現実味に欠ける場合、震災の被災地で自分の地域と似た所を選定し、その被害数値を調べてみるというのも一つの方法です。上記の作業結果を表にまとめてみると以下のようになります。
T区全体 T町会 参考:長田区M地区
A.人口 381,966人
(発災時:pm6)
※夜間153,918人
a.町内の
 人口
720人(320世帯)
区人口の0.0019
※65歳〜:210人(29%)
735人(314世帯)
※夜間130,466人
※65歳〜:154人(21%)
B.建物
 棟数
41,354棟 b.町内の
 建物棟数
約300軒≒300棟
区棟数の0.0073
471軒
住宅=421戸
工場=60軒(住併32)
商店=75軒(住併53)
C.面積 10,080,000m2 c.町面積 207m×185m
=38,295m2
区面積の0.0038
 
[1]死者
 重傷者
82人
390人
(1)死者
 重傷者
82×0.0019≒0.1558人
390×0.0019≒0.741人
死者=31人
負傷者=?
※住民の半数前後?
[2]全壊
 棟数
1,452棟 (2)全壊
 棟数
1,452×0.0073≒10.53棟 倒壊・焼失 =225棟
※倒壊/焼失区別不可
[3]焼失
 面積
380,000m2
※198棟(0.04795)
(3)焼失
 面積
380,000×0.0038
1,444m2
焼失面積=23,318m2
※実質8割以上焼失
出所)東京都区部直下型被害想定調査結果(1997.3)などから、菅が作成
注)M地区の人口は平成2年、長田区の人口は平成7年の国勢調査による