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2008年4月

8.シリーズ 災害と社会から(3)

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吉井 博明 (東京経済大学コミュニケーション学部教授)

■「危機管理」概念の登場
 危機管理という言葉が日本社会に定着したのは、ごく最近のことです。9.11米国同時多発テロがそのきっかけになりましたが、1995年に起きた阪神・淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件から徐々に社会的注目を浴びるようになった言葉です。
 安全と水はただという日本社会の特長は、バブル経済の崩壊と軌を一にして失われつつありましたが、この2つの事件と聖域なきテロの発生によってほぼ消滅しました。もっとも基本的な欲求である、安全・安心を取り戻そうとする人々の願いは、このような事件が起きる度に高まったのです。
 2004年は台風が10個も上陸した上、新潟県中越地震が起き、「災」が流行語となりました。2007年には、多くの期限切れ食品の「偽装」販売が社会問題となり、能登半島地震、さらには原発の耐震性に疑問を投げかけた新潟県中越沖地震が発生しました。そして、2008年は中国製の冷凍餃子への農薬混入事件で幕が開き、安全・安心を脅かす事件はとどまるところを知りません。
 危機管理は、そのような人々の安全・安心への願いを実現し保証するキーワードとして登場しました。

■呪文としての危機管理から実戦的危機管理へ
 そこで、国や多くの地方公共団体は危機管理を担当する部署を新設したり、既存の関連部署を再編成して、危機管理に取り組もうとしました。危機監理官という役職を新設したところも少なくありません。企業でも危機管理を担当する取締役を置いたりしています。
 しかし、危機管理という言葉を呪文のように唱えただけで事態が改善されるほど危機管理は簡単なものではありません。そもそも危機はきわめて多様であり、大地震や洪水、火山噴火のような自然災害から工場等の爆発・危険物流出などの事故、あるいは新型インフルエンザや中毒のような保健医療関連、テロや国際紛争に関わるものまで多種多様です。しかも、発生を事前に予測することは困難であり、突然、命を脅かされるような重大な事態が発生し、的確、迅速な対応が求められることが多いのです。
 また、状況の理解と対応に専門的知識が必要な場合も少なくありません。さらに時間的な制約のもと、あいまいな情報しかない中で重大な決断を求められるものです。このようなことを考えると、危機管理がいかに困難な仕事であるかがわかります。
 危機管理という困難な業務をこなすには、組織やシステムの整備とともに人材の育成が欠かせません。危機管理は、言うまでもなく、トップのもっとも重要な職務のひとつですが、そのトップを支える専門的スタッフの能力が成否を左右すると言っても過言ではありません。しかし、そのような危機管理の専門スタッフを目指す人への適切な教科書、特に入門書はなかなか見当たりません。そこでこのたび、最前線でこの問題に取り組んできた専門家が集まって、危機管理の専門スタッフを対象にした入門書としての『災害危機管理論入門』を完成させました。

■実戦的危機管理に欠かせない人材育成とその方法
 危機管理には周到な準備と発生時の即興(的対応)が不可欠と言われています。国や地域、組織がどのような危機に直面する危険性があるのか、その危機にどのように対応するのか、事前にどのような準備と未然防止策をとるのかについて計画をつくり、マニュアル等を準備しておくことは当然です。しかし、それだけではうまく行かないことは多くの危機事例が示しています。危機はきわめて多様なので、そのすべてに対応できる計画やマニュアルを作成し、身につけることは不可能だからです。
 この即興的対応を含めた、危機対応能力を身につけるには、2つの方法があります。

①事例に学ぶ―どこで成否を分けるのか
 ひとつは、実際に発生した事例を学ぶことです。想定される危機に類似した事例を調べ、そこから成否を分けた要因を読み取ることです。『災害危機管理論入門』では、できる限り多くの事例を取り上げ、危機管理の成否を分けた要因をわかりやすく示すことに力点を置いています。特に、災害対策本部という危機管理の中枢がうまく機能するための条件を具体的事例の中から抽出することに力点を置いています。
 また、成否を左右する要因として、住民やマス・メディアの動きが重要な場合が少なくありませんので、これらの点についても具体的事例を本文とコラムで、数多く解り易く挙げながら留意点をまとめています。

②訓練・演習―技能と見極め能力の向上
 危機管理能力を向上させるための、もうひとつの方法は、訓練や演習です。
 実際に、危機が発生した場合に、計画やマニュアル通りに対応するには、多くの技能を身につける必要がありますし、計画やマニュアルが実際にうまく機能するのかどうかも見極める必要があります。このような訓練・演習論を展開したこともこの本の特長だと思います。 

 もちろん、限られたボリュームで、多様な危機のすべてを扱うわけにはいかないので、カバーする範囲を災害、特に自然災害(地震、豪雨、火山噴火)に限定しました。
 『災害危機管理論入門』が危機管理の専門スタッフを目指す人々の現場での仕事に少しでもお役に立てることを願っています。

<シリーズ災害と社会>第③巻 『災害危機管理論入門』の構成

 1章 災害危機管理とは
 2章 地震災害時の危機管理
 3章 豪雨災害時の危機管理
 4章 火山災害時の危機管理
 5章 災対本部の初動と応急対応
 6章 避難と情報
 7章 災害時広報とマス・メディア対応
 8章 復旧・復興過程と行政
 9章 産業被害と企業の災害危機管理戦略--BCP論
 10章 自主防災組織とボランティア
 11章 災害危機管理のための訓練・演習体系と手法

編者 吉井博明 (東京経済大学コミュニケーション学部教授、中央防災会議専門委員、消防審議会会長、原子力安全委員会専門委員、地震調査研究推進本部政策委員会委員長代理)
田中 淳  (東洋大学社会学部教授、中央防災会議専門委員、文部科学省科学技術・学術審議会専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、国土審議会専門委員)

※<シリーズ災害と社会>は、現場の最前線で研究・実務に携わってきた数十名の専門家・実務者が執筆に参加しており、実践的な内容となっています(発行:弘文堂)。
 とりわけ第①~③巻はシリーズの中核書として、防災・危機管理分野の最前線で活躍する実務家のみなさんに、幅広く奥深い基礎的な知識・教養と、今日の実務上必須の理論とテーマを網羅的に、高い専門性と解り易さとともに、提供する内容となっています。

 ①『災害社会学入門』 ②『復興コミュニティ論入門』(既刊)
 ③『災害危機管理論入門』(4月21日より店頭販売)   〔弘文堂、以下続刊〕


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