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2008年3月

10.シリーズ 災害と社会から(2)

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大矢根淳(専修大学文学部教授:社会学専攻)

■「地学的平穏の時代の終焉」をむかえて、改めて「防災」を考え直す
 昭和から平成に元号のかわる頃(1980年代末)、防災工学分野から「地学的平穏の時代の終焉」との警告が発せられていました。防災分野でお仕事をされている方々の中には、類似する言葉を耳にしたことがある、という人が多いことでしょう。昭和34(1959)年の伊勢湾台風の被災以来(もう来年はその50周年を迎えますが)、その頃まで、日本では死者1,000人以上を数えるような大規模災害は発生しておらず、その間に世界に注目される高度経済成長を成し遂げたわけですが、上記の警告は、各種観測データをもとに、地震、火山、台風等、それぞれの自然の猛威がそろそろ再び大きな被害を出すようなサイクルに戻ってきたという指摘であり、「日本の大都市は災害に未経験の仮の繁栄の姿なのではないか」という厳しい内容を含んだものでした。それ以降(平成に入って)、雲仙普賢岳噴火災害(1991年)、北海道南西沖地震(1993年、奥尻島津波災害)、阪神・淡路大震災(1995年)、と大災害が頻発し出しました。
 くしくもサリン事件(1994年・松本サリン事件、1995年・地下鉄サリン事件)などもあって世紀末ムードが蔓延し、2000年問題に直面して生活の基盤や高度に発達した社会システムの崩壊する危機状況をリアルに感じることともなりました。もしかしたら、その究極の姿かも知れないJCO臨界事故の発生、そして9.11アメリカ同時多発テロ事件(2001年)の勃発などにより、世界戦争の時代に突入してしまうのではないか…、との危機感が高揚しました。危機管理論も隆盛を誇りました。
 前号では、こうした時代状況認識の中で企画されてきた『シリーズ災害と社会① 災害社会学入門』(弘文堂)を紹介しましたが、同書には、災害に真摯に対峙して重ねられてきた研究と実践が幅広い分野でコンパクトにわかりやすく解説されています(前号参照)。
 今回は、その第2巻『復興コミュニティ論入門』についてご紹介します。
 今世紀は大規模災害の発生も予想されますが、少子高齢化や過疎化が全国で進む中、被災した地域・自治体が、復興のための資源を充分に持っていなかったというケースも出てくるでしょう。また、過去の災害復興上の課題に学ぶことで、より実際的・効果的な災害対策を立てることを可能とするでしょう。
 2008年1月、「災害復興学会」という災害復興を研究する専門家が一堂に会する学会が設立されたことが象徴しているように、今後は「災害復興」へのまなざしがこれまで以上に重要となっていくと考えています。

■被災者・被災地の再建とは…
 被災後数年して、現地では「復興宣言」が発せられますが、しかしながら現場を歩いてみると、まだまだ一人一人の生活の再建がままならぬ現実に突き当たります。被災からの復旧、生活の再建、そして復興とは、それぞれいかなるものなのか、それらの間にどのような関連性があるのか、そのあたりから今一度じっくりかんがえてみよう、というあたりから本書は始まります。
 さて、「復興」と聞くと、わたくしたちはまず、震災復興や噴火災害の復興など、昨今の自然災害からの復興事業を想起することが多いのではないでしょうか。特に阪神・淡路大震災に際しては、復興に関する都市計画事業、中でも被災地にかけられた土地区画整理事業をめぐって激しい議論が闘わされてきたことは記憶に新しいところです。この街を、この生活をどのように建て直していきたいのか…、そういう被災者の切実な想いとは別のところで発案・企画された公共事業に直面させられて困惑する被災者の姿があります。二度とこのような被害を被らないように堅牢な街を造らなければならないというおおかたの意見には賛成できたとしても、そのために立ち退きや経済的負担がのしかかってくることには強い反感をもつ。これは被災者の当然の意識でしょう。総論賛成、各論反対の複雑な心境がそこにはあります。
 幾重にも重ねられてきたこうした経験を内省しつつ、最近では被災者が被災地で復興のストーリーを紡ぎ出していくというようなスタイルが広がりはじめています。復興の総論を上意下達するのではなく、時間をかけてボトムアップで作りあげていくという考え方です。「物語復興」と呼ばれるこの手法は、カリフォルニア・ロマプリエータ地震(1989年)の復興に際して現地・サンタクルーズで試みられた手法で、現在これが新潟県中越地震の被災地復興に導入されて展開を見せています。

■「事前復興」という考え方―長期的な復興プロセスを視野に入れて
 被災経験にもとづき堅牢な街として再興されれば、同種同規模の災害因に抗することが可能となります。阪神・淡路大震災を教訓に全国各地で防災まちづくりが喧伝されてきました。未だ被災していない地でも、かの事例に学びつつ、復興の段取りを予習しておこうということで、これは「事前復興」と呼ばれています。このように「災害」への眼差しは、被災直後の救援や復旧など緊急・応急的な対応の段階から、長期・超長期の復興過程へ、そして今一方では、被災前の準備段階について、地震の直前予知や噴火予測などの被災前数時間~数日という段階から、長期・超長期的準備段階へと、展開を見せています。新潟県中越地震の復旧・復興過程の課題は、その後に発生した能登半島沖地震(2007年3月)、新潟県中越沖地震(2007年7月)に受け継がれていますが、能登や中越と同様の地域特性(地理的な特性や、人口構成、産業構成など)を有する地域では、同種の地震により同様の被災・復旧・復興のパターンが想定されます。そして中越の被災地でカリフォルニアの復興事例が参照されているように、場合によっては国内の被災経験のみが前例に供されるわけではないでしょう。古今内外の事例を広く学びたいところです。

■古今内外の復興事例に学ぶことの重要性
 そこで本書『復興コミュニティ論入門』では、古今内外の様々な復興事例を渉猟してそれらを紹介してみました。いくつか項目だけあげてみると…。
 阪神・淡路大震災や新潟県中越地震、古いところでは関東大震災などはもちろんですが、その他には例えば、海外の震災事例としてトルコ・マルマラ地震、中国・唐山地震、台湾・921集集地震、噴火災害では浅間山、会津磐梯山、雲仙普賢岳、三宅島などのこれまでの噴火(災害の復興)事例、そして海外ではフィリピン・ピナトゥボ山など。水害として三陸地震津波、伊勢湾台風、スマトラ地震津波、ハリケーン・カトリーナなど。大火として江戸の大火、酒田大火、函館大火、静岡大火、そして海外の大火事例としてロンドン大火、ソロニカ大火など。
 「復興」を考える時、外してはならないのが、戦災復興です。第二次世界大戦の日本各都市への空襲とその戦災復興、ヨーロッパにおける事例(ワルシャワなど)、そして国際紛争の現場からのレポートとしてコソボ紛争など。
 幅広い奥深い教養が、復興の舵取りには必須でしょう。それはもちろん、事前の防災対策・政策を考える際にも重要となります。重い貴重な前例(霊)に真摯に学びたいと思います。

<シリーズ災害と社会>
①『災害社会学入門』
②『復興コミュニティ論入門』(既刊)
③『災害危機管理論入門』 (以下、続刊)
〔発行:弘文堂〕

<編者一覧>
(そのほか、現場の最前線で研究・実務に携わってきた数十名の専門家・実務者が執筆に参加しています)

大矢根淳(専修大学文学部教授)
浦野正樹(早稲田大学文学学術院教授、早稲田大学地域社会と危機管理研究所所長)
田中 淳(東洋大学社会学部教授、中央防災会議専門委員、文部科学省科学技術・学術審議会専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、国土審議会専門委員)
吉井博明(東京経済大学コミュニケーション学部教授、中央防災会議専門委員、原子力安全委員会専門委員、地震調査研究推進本部政策委員会委員長代理、消防審議会会長)
吉川忠寛(防災都市計画研究所計画部長)


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