浅野幸子(全国地域婦人団体連絡協議会研究員)
■ <シリーズ災害と社会>とは?
災害対策はハードからソフトの時代にと言われ出して久しいのですが、そのソフトの分野の全体像を、幅広く体系的にまとめた本は、これまでなかなか出されませんでした。
昨年末から刊行がスタートしたばかりの<シリーズ災害と社会>は、最前線で活動する各分野の多数の研究者・実務家によって、古今内外の豊富な事例と斬新な分析視点で、ソフト面(社会システムや組織・人・くらし・経済など)の観点からの災害研究のあゆみと現状を、網羅的・立体的に提示することにより、21世紀の防災対策に実践的に貢献しようという、意欲的なシリーズです。
災害・防災・復興について全体的に知見を深めたい実務者の方、これまで深めてきた知見をより体系的に位置づけなおしたい方、これから災害研究に踏み出したい方、ご自分の専門以外の分野を広く知りたい方など、幅広く読んでいただける内容でしょう。
特に、第1巻『災害社会学入門』は、シリーズの全体像として、社会科学的な災害研究の成立と変遷、防災政策の変遷、命と心の問題、災害と情報、防災教育、被災生活、災害弱者、生活再建、復興まちづくり、防災福祉コミュニティ、ボランティア・NGO、ジェンダー(女性の視点・男女共同参画)、巨大災害対策、災害のグローバル化などのテーマで、網羅的・専門的かつ、コラムを多数織り込みながら、誰にでもわかりやすく簡潔に展開したものです。
■ 災害は社会の仕組みを可視化する!?
災害、と一口にいっても、このようにテーマが広がっているという事実をあらためて見ると、驚く方も多いかもしれません。それはなぜでしょうか?
いうまでもなく災害とは、日常に対する何らかのインパクトが起こり、それによって、社会・くらしへの影響が生じたときに、日常の機能では対応できなくなる状況を指します。それは、自然災害はもちろんのこと、大規模な事故や事件でも起こりえます。
そのとき、当然ながらわたしたちの視線は、目の前に起こっている悲惨な状況に向きます(ケガをしたり避難する被災者、倒壊したり延焼している家屋・ビル、崩落した道路や崖、混乱する救援活動の現場、劣悪な避難所の生活環境など)。災害がもたらした悲惨さと救援の必要性を広く伝え、共有し、行動するために、災害によって起きた現象そのものに目を向けるのは当然のことでしょう。
しかしそれだけでよいのでしょうか?
たとえば現在、災害弱者(災害時要援護者)対策が、地域防災活動や自治体の防災政策の必須項目となっていますが、それは2004年の新潟県と福井県を中心に起こった豪雨災害で、逃げ遅れた要介護の高齢者が溺死するといった悲惨なケースが起きて以降のことです。
しかしそれ以前、1995年に未曾有の被害をもたらした阪神・淡路大震災でも、とりわけ高齢者のおかれた悲惨な状況について多くの発見と気づきがもたらされ、多くのボランティアが現実にあわせて多様な支援活動を展開し、また行政も対策に追われました。
それは、そもそも高齢者の多くが古い住宅に暮らし、その中でも経済力の無い高齢者や障害者は、家賃が非常に安い文化住宅やアパートに住んでいたことで、家屋の倒壊による犠牲者の多くを高齢者が占め、避難所生活で体調を悪化させて亡くなった方の多くも高齢者であり、その後、仮設住宅や復興公営住宅でも高齢者の入居や支援をめぐって試行錯誤が続いたことに端的にあらわれています。 しかし同様の状況は高齢者のみならず、障害者や母子家庭、在日外国人などにも見られることが明 らかになりました。つまり平常時から社会的・経済的に弱い立場にある人は、災害を受けることによって、さらに弱い立場に追い込まれることになってしまったのです。
そのことへの気づきが、「災害弱者」という言葉を生み、同時に、ボランティアや専門家、行政による多様な支援活動が展開されました(仮設住宅での安否確認や生活支援、集会所設置や交流支援などによるコミュニティづくり、共同リビングを備えた仮設住宅や公営住宅の設置など)。
また、各地で繰り返し起こる災害ごとに、消防機関、消防団や婦人防火クラブ、自主防災組織などの地域組織、行政などが最前線で活動を展開しているわけですが、そのたびに、成果とともに、今後備えるべき課題などが多く発見されていることでしょう。
つまり、災害という現象を通して見ると、日常のくらしや社会・組織などにおける強い面・弱い面など、普段は見えにくい深部にいたるまでの様子が、より明確にわかるようになる=社会の仕組みが可視化されるのです。
■ より効果的な防災・減災対策のために
~「脆弱性(ヴァルネラヴィリティ)」から「復元=回復力(レジリエンス)」の視点へ
消防関係の方はもちろん、行政、住民・市民、事業者などが、日頃から防災活動・対策に熱心に取り組んでいますが、それをより一層効果的に進化させていくためにも、こうした社会の見えにくく弱い部分に光をあてて、問題を明らかにし、事前に有効な対策をたてていくことが重要になります。 しかし、弱さ(脆弱性)だけに視点をおけば、それで効果的な対策が立てられるかといえば、そう ではありません。
阪神・淡路大震災やその後の大規模災害では、もともとの地域の絆や活動の密度が、救助活動や復興まちづくりの成否に関係していることが指摘されています。アメリカの災害研究の現場でも、ハリケーンカトリーヌの事例からも導き出されたように、そもそもの地域コミュニティや社会、組織などのもつ力が、災害からの立ち直りに影響することが、注目されています。
地域に根ざした自主防災活動が重視され、防災マップづくりや要援護者の把握と支援などが盛んに行われるようになってきたのも、地域の弱さを見つめなおし、同時に地域のもつ力を、内部でより効果的に引き出しあいながら、対応力を高めていこうとしているからです。
現在すでに、災害対策・防災活動の最前線で活躍するみなさんにも、この書籍を通じて、災害とくらし・組織・社会のありようについて鳥の目・虫の目で広く深くとらえなおし、弱さと強さを両方見つめて、新たな活動や対策を考える機会をもってもらえればと思います。
<シリーズ災害と社会>
①『災害社会学入門』
②『復興コミュニティ論入門』(既刊)
③『災害危機管理論入門』 (以下、続刊)
〔発行:弘文堂〕
(そのほか、現場の最前線で研究・実務に携わってきた数十名の専門家・実務者が執筆に参加しています)
大矢根淳 (専修大学文学部教授)
浦野正樹 (早稲田大学文学学術院教授、早稲田大学地域社会と危機管理研究所所長)
田中 淳 (東洋大学社会学部教授、中央防災会議専門委員、文部科学省科学技術・学術審議会専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、国土審議会専門委員)
吉井博明 (東京経済大学コミュニケーション学部教授、中央防災会議専門委員、原子力安全委員会専門委員、地震調査研究推進本部政策委員会委員長代理、消防審議会会長)
吉川忠寛 (防災都市計画研究所計画部長)